ザ・サーチ
続いてこちら。
[:presentation]←あえて残してみる。いみなし。
「ザ・サーチ」を読む。(09/06/21)
- 作者: ジョン・バッテル,中谷和男
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2005/11/17
- メディア: 単行本
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グーグルの誕生までが、一部の章だが詳細にかかれている。その後に出ているグーグルの本にもあるかもしれないけど、刊行の2005年時点では貴重だったかも。
概要
- サーチエコノミーが経済体系を大きくかえた。
- グーグル以前にもアルタビスタアルタビスタとは (AltaVista): - IT用語辞典バイナリなどプレイヤーはいたが、グーグルの品質と、ヤフーをとりまく検索ヘゲモニーにおいて、グーグルは勝者になったのだった。
気になったところだけ抜き書き
第6章 グーグル2000〜2004 5年で30億ドル企業へ
- (ダブルクリックによる救済がナスダック歴史的崩壊により見込めなくなって)バブルがはじけていなかったら、グーグルは従来の広告手法を採用していただろう。しかしバナー広告市場が崩壊し、テキスト広告での収入も少なかったことから、プリンとペイジはゴートゥ・ドットコム(現オーバーチュア)に目を向け、グロスの方法に会社再建の道を探った。
- 「もしグーグルが他社で有効だった広告手法を採用していなかったら、ただ高級志向だけの中小企業に終わっていたでしょう」
- エプスタインとウォジュシッキはマーケティング戦略の策定に入ったが、ふたりの創業者からはほとんどガイドラインを示されなかった。「なにをすればいいかはっきりしなかった」「ライバルは巨額のマーケティング予算を用意していました。アルタビスタでさえ1999年に1億2000万ドルをつぎこんでいたんです。わたしたちにはとりあえずロゴが必要だった。マーケティングとはいっても、まずロゴづくりから始めたものでした」
- ふたりは会社のイメージと広告を全面的に塗り替えるため、大手広告代理店のTBWAと契約することを検討した。「ほとんど相手にされませんでした。なにしろわたしたちのことをどこも知らなかったからです。」
- エプスタインはZマーケティンググループと契約し、その消費者調査に基づいて数百万ドル規模のマーケティング戦略案を、ペイジとブリン、それに役員会に提出した。
- 作者: セルジオ・ジーマン,中野雅司,渡辺竜介
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2003/09/12
- メディア: 単行本
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この人が、メンツをつぶされたカリスママーケターです。
TIME誌が選ぶ20世紀の3大広告人ということなんですけどねえ。
グーグルおそるべし。
- 数ヶ月たってはっきりしたのは、創業者がマーケティングやセールス経験者に興味を示さないことだった。CEOの候補者たちは皆が皆、自分たちとの共通の言葉で話さない、言っている事が理解できない、共感できないと嘆いていた。ブリンとペイジの目にかなうには、エンジニアリングの知識が必要だったし、それだけでなく創業者たちの強権的とも言える性格を受け入れられる柔軟性も求められた。
ポール・フォードにより書かれたイラスト。グーグルボットが地球にたって征服したことを揶揄した図。
このデッサンのTシャツをグーグルのなかのひとがつくりたがったが、請求書を送っても無視した。外部からあれこれいわれるのが大嫌いなんだ。
Tシャツはつくられなかったが、イラストは大量にコピーされた。