仮説力とは否定される力
今後、出来れば思いつきを[気づき]としてメモで残すようにしたい。いろいろ考えたが結局ダイアリーが核なのでタグで戻ろう。
仮説思考より
全体から部分を考えるを考える。先んじて結論から考えて材料を集めていく。ようはコンサルタントの方法論はそうでそういうのがいわゆるビジネスパーソンに求められるものらしい。
つまり、ざらざらした精緻にしない生煮えのものを差し出す、ということだ。少ない情報から結論を導いて示す。
気づき
そこにおいては、否定されるほどに良いものなのだろうということを思った。素っ頓狂な意見であるからこそ、相手が反応し、否定やら反論やら、はたまたいい人なら付け足しやらをするのであろうから。と、いうことはダメだし的なものをいかにもらえるか、が意外とこの概念の核なのではないかと思ったので職場メモ。
- 作者: 内田和成
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続いて抱いた疑問をつけたし
一方で、自分自身に引きつけて考えると、べつだん目新しさを仮説思考そのものには思わない。むしろそのスタイルだらけな気がする。かといって、コンサルタント的な位置で、論理的でキレるタイプとも思われていないと思う。比較すればβ氏のような論理性など俺にはないからだ。
妄想仮説が思い浮かんだのでメモしておく。
度胸
度胸がひとつ、その差をわかつのではないかと思われた。自分がいだいた意見に対して、発する度胸をもつ。指し示め「つづける」気概をもつ。
ひよらない。とりあえず出した結論を思いつきでなく、根拠が見つかったならそれを示しつづける。出した結論に愛着をもち、粘着する。ある種の泥臭さ。
そこにおいては、知人が提起してくれた定言命法というものが大事なのかもしれん。留保をつけない絶対性のような。
定言命法 - Wikipedia
としたら
どうしたらそこまでこだわりつづけられるのかを、性格の差だね、を超えてアビリティとして活用出来ないものかとおもわれた。
コンサル系の人は、どうもこのあたりのメンタリティをケアせず方法論に帰結するように思うが、出来るか出来ないかのOSをいじる、はてはOSでないレイヤーのことであると思わされるものまでにはやはり出会えてないように思うのだ。