すいみん

昨日は取り乱しまして。そしてすいみんへとなだれ込んだナイトであった。久しぶりに21時寝である。昔から、なんだかもやっとするときはなにもしないと決めて、寝たいだけなるということをしている。脳みそが嫌がったときは、なにも出来ない性格なのである。いつのまにか、そうなった。この転機は確実に高2の頃だがこの話はたまにしているのでやめる。とはいってもさかのぼってもはっきりとは書いてないと思われる。
予想では朝5,6時に起きると思っていたが、目覚めたとは思うんだが、疲れていたようで結局いつもと同じ時間であった。こころなしかめの疲れはとれ気味だったものの、めちゃすっきり全快という感じでもなかったので、歳のせいかもしれない。
寝なくても良いというキース・リチャーズは別として、たいていの人は疲れてたらネタほうが良いのだと思う。からだの構造的なものは別にしても、リセットボタンみたいなものだ。気分が切り替わってリスタートである。あえての連続性の断絶である。つまりは、生まれ変わりとも言える。何度でも生まれ変わる。境遇はかわらないかもしれませんが、これも一種のパーセプションチェンジ。
やはり世界観がかわったり認識がかわるのが好きなのかもしれんな。継続に憧れつつ、いつもリセットしたがっている三途の川坊やな性格なのかもしれない。
よって、体系立たないことに帰結するのでありそうだ。なえる。