切実なものを見定めて地味に前進する

ことにしようかと思った。iPhoneからメモがてら書く。
体型だたない学びは当初雑食くんからスタートし、コミュニタリアリズムまでなんとか伸張した。それは単なる予感であるのでもっと意識的に近寄っていくべきものであろうかと考え始めた。
スキゾキッズたる俺は、あれやこれやとそれほど若くもないのに可能性という名のマヌーサダンスをしている。スキゾ的な行動はその実、パラノたり得たい自分を宙吊りしておきたいだけなのだろうと認めた。そろそろある程度、これが俺、といえるように学びの方向も定めたいものだ。そう、いわゆるさバイブのための学問とかでなく、ゆとりの可能性拡張のための真摯な決断をせんと考え始めたのであった。冬休みにあれやこれや本読みをやって見たなかで見えてきたことでもある。
内発性のない学びに真の快楽はないだろう。仕事でもない学びなのだから、そこにおいて優先されるべきは畢竟、内発的な動機に下支えされたものであるべきである。
きっと。

そんなこんなを思って軽く時間割とざっくりとした方向性をえいやと定めた。きっとやはりソシオロジあろうと考えた。どこにいきつくにせよ、経由しておくものなのだろうという気がまして来たからだ。これを柱に、出来るだけベーシックな学びを積み上げたい。具体的にはギデンズの教科書を日課に、そこから広げていきたいものと思う。やっぱきちんと歩もうとなんとか思い始めた次第であった。きっと仕事からの逃避も若干あろうヾ(@⌒ー⌒@)ノ